OUR TEAM

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チーム

高村 聡一

TAKAMURA SOUICHI

はじめに

クライアントの皆さまは、弁護士に何を求められるでしょうか。

司法試験制度の改革以来、弁護士の数は大幅に増加しました。昔とは違い、テレビやラジオでは、ひんぱんに弁護士事務所のCMが流れ、弁護士はぐっと身近な存在になっているものと思います。
弁護士業界の内側からいえば、過払いや相続、交通事故といった特定の分野に特化した業務を売りにしたり、法律相談や着手金の無料化などをうたって価格競争力で勝ち抜こうとするなど、弁護士間の競争は激化の一途をたどっていると言えます。
弁護士を利用する側からすると、これはこれで低コストで適切なリーガルサービスを受けられるなど、良い方向に進んでいるのではないかと思います。

さて、私の法曹人生ですが、始まりは検事からでした。そして、13年間、検事としての職責を果たし、平成23年7月、弁護士登録いたしました。
私が退官した時期はちょうど弁護士の競争が激しくなっているさなかであり、この時期に弁護士になって食っていけるのかと周りからは相当脅されました。
実際、私は営業や売上、経費などといったものとは無縁の検事の世界で生きてきましたから、弁護士としてやっていけるのかと本当に不安でした。
しかし、結果としては、幸いなことに大きな問題を抱えることなくここまでやってこれました。
平成25年4月には、いわゆる勤務弁護士からパートナー弁護士となり、平成30年1月からは、岡田一毅弁護士と新たに当弁護士事務所を開設することとなりました。

私にできること

取引上のトラブル、会社運営の問題、労使問題、相続争い、交通事故、不動産がからむ問題等々、世の中には様々なトラブルが存在します。
法律は、こういったトラブルを解決(あるいは「決着」といってよいかもしれません)させるためのツールに過ぎません。
問題は、法律を適用してトラブルを解決する前提となる事実関係が何であるのかを見極め、どう確定するかということです。
実は、弁護士だけではなく、裁判官や検事にとって、法律を適用する前提となる事実がいったい何なのかを見極め、確定することが最も難しいことなのです。
私はこれまで状況証拠だけで否認事件を立証する、事件の筋をみて事実を推測し、その推測事実に見合った証拠の存在を確認する、そして何とかして証拠を見つけ出し、これを入手し、その上で事件を組み立てるということを長年行ってきました。
そういったこれまでの法曹としての経験や知識、時には勘などを動員し、クライアントの皆さまが何を求められるのか、そのご要望をかなえるためにどのような事実が必要か、その証明のためにどのような証拠があるか、それをどうやって入手できるかを考え、クライアントの皆さまにできる限りのリーガルサービスを提供したいと考えています。

経歴など

昭和42年に京都で誕生、3歳のときに父親を亡くし、以来、2歳年下の妹とともに、母と祖父母に育てられました。
京都府下の公立小中学校を卒業し、私立洛南高校を経て、大阪大学法学部に入学。
大学時代は、体育会硬式野球部に所属し、4回生まで野球だけの生活でした。
本当はそのまま企業に就職し、社会人野球をしたいと考えていましたが、いうほどの実力もなく、肩も壊して野球は断念しました。もっとも、当時、バブル経済が絶頂の時代で就職先には困りませんでしたから、その気になれば、大手商社や金融機関など有名企業に就職できたと思います。しかし、実家で宇治茶の販売業をしており、行きつく受け皿があったことやせっかく法学部に入学したのだからという理由で司法試験の勉強を始めました。

趣味など

基本的に体を動かすことが好きですが、現在は、野球とゴルフが中心です。
特に平成29年からは、京都弁護士会野球部の監督をやっています。
また、現在はほとんど行く時間がないものの、釣り(基本的に海釣り)も好きで、宇和島や福井では、知り合いの漁船で海釣りに出かけていました。
それ以外には、沢木耕太郎の「深夜特急」に触発され、平成28年から地元中学の同級生とともに、長距離バスなどを使って毎年少しずつマレー半島を北上するバックパッカーまがいのことを行っています。この先、インドやミャンマーなど東南アジアを旅したいと計画しています。

木村 学

菊池 春馬

KIKUCHI HARUMA

私の思い

依頼者の皆様にとっていつでも、気軽に、何でも相談できる存在でありたい

自分の悩みは「相談」といえるものなのか、相談に行ってよいものなのか、ということを聞くことがあります。
私自身も、司法試験の勉強を進める中で、色々な悩みを持ちましたが、「誰に相談すればよいか分からない、そもそも自分の悩みは『相談』と言えるものなのか、当たり前のことで門前払いを食らうのではないか」という不安を抱くことが少なからずありました。
そのような時に、道標となる存在、解決策を提案してくれる存在が自分の身近にいたら、どんなに安心できるだろう、そう思いました。
我々弁護士の役割には、依頼者のお悩みや問題を解消することがあると思います。
お話を伺って、法律的な問題であれば、問題解決のためにどのような対応をすべきかお伝えすることが、ご依頼後は依頼者にとって何がより良い解決なのかを意識しながら対処することになります(紛争解決)。
仮に、我々で対応できない分野の事項であれば、適合する窓口がどこなのか、お伝えすることもできます。
また、お話を伺った結果、問題が現実化していなかったとしても、将来起こりうる問題の予防策や対処法をお伝えすることもできます(予防法務)。
さらに、お悩みが何ら法的に問題ないことだったことが判明したり、ご自身のお気持ちの整理に繋がったりすることもるでしょう、弁護士にご相談頂くことには、このような長所が多くあると思うのです。
我々弁護士が取り扱う案件は、例え同じ分野のものであっても、どれ一つとして同じではありません。

経歴など

最初に法律や司法試験に接したのは、高校の時、学年主任の先生が法学部の特集をしている受験雑誌を読むように勧めてくれた際に、司法試験の問題を見たことだったと思います。
覚えている限り、「甲が被害者を手拳で殴打しているところに乙が通りかかり、乙は加勢して角材で被害者を殴打した、その結果被害者は出血多量で死亡した、甲と乙の罪責を述べろ」というような問題でした。
この時は、こんなこと答えさせるんだ位にしか思いませんでしたが、何で色々なことが法律で定められているのかという興味がきっかけで法学部を目指しました。
大学では、憲法学のゼミを専攻し、憲法の条文や裁判例を学んで行くにつれて、もっと深く法律の解釈を学んで行きたいと思うようになりました。ゼミのメンバーが早々に就職・司法試験など進路を決める中、学者になろうと考えるようになりました。
しかし、「学位を取得しても就職口が厳しい、前途を絶望して自殺する人もいる」という話に接したこと、進路を考える時期に新司法試験制度の導入、法科大学院の設立が始まった時期であり、学者となるにしても司法試験に合格することは必須ではないかと言われたこともあり、遅ればせながら、学者ではなく司法試験合格を目指すことを決意し、大学卒業頃に勉強を開始しました。
最初は勉強に身が入らず、アルバイトに熱を入れるなどしていたため、勉強が進められませんでした。
なので、自分の置かれている状況を変えることができず、四苦八苦しましたが、法科大学院に進学できました。
法科大学院では、裁判官、検察官、弁護士という法曹三者の講義を受け、実際の実務の話に接するにつれて、実務家になりたいという思いが強くなりました。
その思いが充実した勉強に繋がり、平成23年に何とか司法試験に合格することができました。
その後、1年間の司法修習を得て平成24年12月に弁護士登録し、田村貴哉法律事務所で弁護士人生を歩み出しました。

経歴など

昭和54年東京生まれ
SONYのウォークマン第1号が発売され、北島三郎の「与作」や西城秀樹の「YOUNG MAN」が出た年に、この世に生を受けました。
私立中学校・高校を経て、一橋大学法学部に入学
平成21年立命館大学法科大学院を卒業
平成23年司法試験合格
司法修習新第65期(「新」がつく最後の期です)
平成24年12月弁護士登録
平成25年2月~平成30年11月25日田村貴哉法律事務所で執務
平成30年11月26日よりTakuya総合法律事務所にて執務開始

趣味など

音楽鑑賞・研究(クラシック)
食べることが大好きで、いつの間にかラーメン、焼肉その他美味しいものの食べ歩きをするようになりました。
体型・体調維持のため、いつの間にか、歩くこと、運動することも趣味になりました。

松下 美里

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